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中田選手引退の件 サッカー日本代表の中田選手が自身のホームページで引退を宣言した。 これを聞いて多くの人が衝撃を受け、口をそろえて「早すぎる」と言い、その真意と今後についてこぞってメディアが取り上げている。 「なぜ引退なのか」「辞めてどうするのか」「サッカーファンとして、もっと長く彼のプレーを見たかった」 様々な反響が飛び交うが、何となく私には彼の気持ちが分かるような気がする。 世界のNAKATAの気持ちが分かるというのは甚だおこがましい言い方で、彼とは唯一の共通点である「同い年」という条件以外は、人生そのものが全く異なり、そもそも住む世界が違う者同士である事は私が一番知っている。なぜなら私はどこにでもいる一般市民だからだ。 ただ、何となく同じ世代の野郎の考えることがぼんやりと分かるような感覚と、その意思に対して「なぜだ、どうしてだ」と首を突っ込んでいる周囲の、特に年長者の的外れな感覚にやるせない思いを抱き、久しぶりに自分の思うところを書いてみようと思うに至ったのである。 「人生とは旅であり、旅とは人生である」というタイトルの文章で彼は引退の意思を含む自分の思いを語っているが、この言葉は、住む世界の違う人間である私にも、むしろ不理解な周囲の人間との間にでさえも絶対的な共通点がある事を気付かせてくれる。 人生を終わりなき旅に例える事はよくあるが、実はその旅は必ず終わるのである。これが世界のNAKATAと一般市民の私のもうひとつの共通点で、要するに人間は生まれてから、生きて、最後に死ぬ。 そして、その旅は最終的には旅の初めから終わりまでを大きなひとくくりで「人生という旅」に例えられるが、中身はというと、ひとつひとつの小さな旅の連続から成り立っていて、その事を彼は強く意識しているように私には感じられるのである。 つまり、人間は必ず死ぬのだから、「その旅の終わりをどのような形で迎えるのか」ということが彼にとっても私にとっても重要なのだ。 もちろん人生のゴールはひとそれぞれで、大事なことは、人生の経験を重ねていく中で、自分という人間に真剣に向き合い、自分の性質・能力・興味の方向性などから「自分に出来る事」を知り、それを「自分のやりたいこと」とすり合わせながらふさわしいゴールを見つける事だと私は思っている。 そして、そのゴールに対しての長期的なビジョンと短期的なビジョンを持ち、そのビジョンを狂い無く形に変え続けていく事が、一つ一つの旅を繋げて人生という旅を望ましい形で終える唯一の方法と言えるのではないだろうか。 そのように考えると、彼が20年に渡る「サッカーの旅」に今区切りを付ける決意をしたことは、次の旅のビジョンを形に変えるためであり、彼の「人生という旅」にとって必要だったからだ、という風に思えてならない。 つまり、彼は明確な「人生の旅」のビジョンを持っていて、それが彼の生きる目的そのものなのだとすれば、彼は目的を達するためにそれを短期的なスパンに分け、その都度自分自身に対して果敢に目標を設定し、自分の力で達成しようと努力するのである。 私の推測に過ぎないが、これが彼を孤高と言わしめる原因のひとつなのかもしれない。 なぜなら、彼にとって「サッカーが上手くなる」とか「アスリートとして成功する」とか、その種の事は目的ではなくて、ひとつの目標というか極端に言えば通過点にしか過ぎず、「代表のチームメイトを鼓舞すべく4年間努力をした」ことも同じくなのであろう。 誤解なきように申し上げておくが、私はこれを「軽薄な意思だ」と、非難しているのでは決してない。むしろ、他のアスリートだけでなく、広く一般の人間も見習うべき事であると考えているのだ。 彼は誰より自分を知り、常に明確なゴールとビジョンを持っていた。 そしてそのビジョンを形に変える術を熟知しているのだ。 ところで、「ヒデは自分をプロデュースする事が上手い」という発言を耳にするが、この言葉にはいつも発する者の「あいつはズル賢いヤツだ」といった様なニュアンスを感じて嫌気がさす。 私は「自分をプロデュースする事」が非常に重要だと考えるからである。 私を含む同世代の人間は、社会人としてバブルを経験した世代ではないし、就職氷河期の最中晴れて入社した会社で、個性のない中年上司連中がリストラされる姿と、一部の仲良し上司組みだけが能力も無いのにポジションに胡坐をかいて高い給料をもらっている姿を目の当たりにしているし、一部の同世代以下の人間達が努力を忘れ、どんどん無気力になっていく姿も合わせて見ている。 加えて、30前というと自分に残された時間と将来の姿がおぼろげながら見え始め、なにか20代前半までは感じたことのない焦りに似た始末に困る衝動に駆られる頃でもある。 世界のNAKATAとサラリーマン社会を一緒にしてはいけないかもしれないが、要するに我々の世代はこういった風潮のなか成人していて、つまり、自分の人生を楽観視することもないし、自分の将来は自分で切り開いていく他は無いことを身体で感じて知っているのである。というか知っているべきである。事実、私も「ボーっとしていて、気が付いたらこんな人生でした」と言うくらいなら死んだほうがマシだ。 話が横道にそれてしまったが、ヒデという選手が自分をプロデュースする能力に長けた選手であることは、彼がサッカー選手としてあのように成功し、今のような選手像を築いている事を見れば明らかで、個人的には彼をここまでの選手にしたのは、彼のサッカーに関する能力ではなくNAKATAというブランドを築く能力によるものだろうと考えている。 プロ入りの契約に際して、「3年後の渡欧を認める」という交渉で契約を結ぶところから始まり、その後のNAKATAというブランドの構築から昨日の引退宣言まで、この10年の旅はおそらくその前の10年の旅を終える時にはある程度本人の中で予想されていたことのように私には思えてならない。 輝かしいサッカー人生は、おそらく彼に言わせれば「ビジョンを形にするために最大限努力した事に対する見返りでしかない」ということなのかも知れないし、あっさり辞めて次の旅へ進む事も「残された時間と次の旅の完結までの時間を考慮した結果」なのだろうか。 いずれにしても、この引退が早いだの遅いだの、引き際が良いだの悪いだのそんな事はどうでもいい事で、彼は全てをいい意味で「自分のために」やっているのだから、やりたいようにやればいいのである。 最後に、彼は文章の中でこうも述べている。 プロになって以来、「サッカー、好きですか?」と問われても 「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。 ここだけは、一般市民の私でもよく気持ちが分かる。 プロになって以来、「スーツ、好きですか?」と問われても 「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。 職業や扱うモノが違っても、プロの自覚を持って一番好きなものに本気でのめり込めばのめり込むほど、成果に対する責任と好きなものの本質的な部分の間のギャップを埋め難くなってくるものなのである。 半年で辞めてしまった人間が言うのもなんですが、まぁ一応それなりの理由もあるってぇ事で、久しぶりにモノ書くと溜まってたみたいに書き続けてしまいました。 読み返すのも一苦労なんでとりあえずこのまま載せますが、適当な事をきままに書いているので、ご気分を害される方がいらっしゃいましても、なにとぞご容赦くださいまし。 |
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