
![]() ワタシ最近「志」という言葉にハマッています。 というか、「志」を持つ事によって救われました。 「志を持つ」ということは月並みな言葉で、昔から大事なこととして教えられるじゃないですか。でも、そんな教科書的な教えってワタシ昔から反射的に拒絶する体質の持ち主ですから、言葉では聞いていてもその意味についてなんて、考えたことも無かったですよハイ。 でもですね、最近になって興味本位で色んな本を読んだり、色んなヒトの話を聞いたりするんですが、そこから学んだ事と、今までの自分の変化とを照らし合わせて”ピン”ときた事があるんです。 でまぁ話は「意思決定」のプロセスについて。ってところから始まるわけなんですが、この「意思ケテーイ」の仕組みっちゅーのが「志」と密接に関係しておるんだぞと。 「意志」無き所に効果的な「意思ケテーイ」無しだぞと。 こういう事なんですよ。 先日より度々申しておりますが、この年頃というのもは兎角「迷い (悩みと言うほど高尚なものではない)」の多い年頃でして、伸るか反るか・押すのか引くのか・我慢するのかしないのか。。。などなど、自分の「意思ケテーイ」次第で、どうにでもなれる自由とどうしょうもなくなるかも知れない不安をやり繰りしていかないといけない時期なんですね。 ただそんな時にですね、ワタシには光栄にも「俺はこれがやりたいんだ!」「俺はこうなりたいんだ!」というハッキリとした「志」があったもんですから、確かに不安や焦りに駆られはするんですが、明確で具体的な「ゴール」をイメージする事ができたし、そのゴールに到達するためのステップを自分に課すことができたんです。 ですから、ちょっと色々あって自分の置かれた環境に不満が蓄積されてきた時にも、自分で自分の不満に潰される事無く、「自分は何のために日々の時間を使うべきなのか」って事が割りと冷静に考えられたんでしょうかね。 「志」を持つ事によって「目的」が生まれて、 「目的」を持つ事によって「目標」が発生して、 「目標」が発生する事によって「戦略・行動」が導き出される。 これって色んな場面ですごく役立つ事なんだなって、思う今日この頃です。 >>人気blogランキング順位 |
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