昔々、スーツの着こなしについて熱く語っていたブログ。今は、言いたい事を言いたい時に語るんです。

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今でこそ街中で見かけなくなりましたが、一昔前の特に地方都市などでは根強くありましたよね、ツッパリの姿。

身なりの程度と行いの善悪は考えないとして、その「ツッパろう」という志、言い換えて「ツッパリという事を体現する身なり」をする意義には、根底にひとつの共通した考えがあると思われるわけですハイ。

それを抽象的な言葉で言うと「自分の存在を自覚するための手段」ということになりまして、同じ事を具体的な言葉で言うと「人と違った格好をする」ということになりましょうか。

つまり、集団の中に埋もれてしまうという不安・葛藤を払拭するために、自分自身で「自分」の存在を自覚したいわけで、「自分は人と違うんだ」ということを目に見えて分かる状態にするために、「人がしないような格好」をするという動機が前述した、根底にある共通意識と思われるわけです。

で、そういった精神的な動機と、その種の輩たちにおよそ共通する美的価値観(日本人に先天的に固有の任侠的気質が背景にある)というフィルターを通して、かの「ツッパリスタイル」が存在するのだろうと思うのですが、

ワタシが今日ここで言いたいのは、この「ツッパリスタイル」が出来るまでのプロセスというのは、何もそのカテゴリーに限定した事ではなくって、

例えば、ブランド品を所有したいと思う願望や、雑誌で評価されているモデルの着こなしを真似てみる動機となんら変わりが無いのであって、その前述のプロセスを経て出来上がった全ての全体像には、本人が最も気付きにくい大きなリスクがあると思われるのです。

昨日最後に触れた「モノが物語る」にも通じるのですが、「人と違う」を目的に選択したファッションであっても、実はそのカテゴライズされた共通項のなかでは、じつは「人と同じ」を自ら進んで選択しているわけで、それに気付かずに「井の中の蛙」であってしまうと、周囲から見て何ともいえずむなしい感じに写ってしまうという、ヲサレ道の致命的なリスクなんですよね。

もちろん、それを逆手にとって開き直るというのも、本質的には個人の楽しみであるファッションですからそれはそれでよいのですが、多くの日本のヲサレ願望者に見られる「自分で自分の事をさらけ出してしまっている姿」に、一抹の寂しさを覚えたというのが、先日の「缶ビールハンカチ女王」によって気付かされたことだったのです。という結論でございました。チャンチャン♪


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Ж 深いなぁ、今日の話は・・・ん~さすが
スーツなんかまさに、一見すると皆同じ
その中で、超地味に個性を主張?

ハズしてる目立ち系もいないことはない
オイラの主張は、サイジングかな?
何かカッチョいい⇒カラダに合ってる・・・
【2007/12/27 12:59】 URL | ギターオタク。 #RfDYdh9o[ 編集]
>ギターオタク。さん

こんばんは。
さすがだなんて恐縮です。
ふとしたことから色々と思いがめぐって、こんなところまで行き着いてしまいました^^

さて、ギターオタクさんの主張「サイジング」素晴らしいと思います。
>何かカッチョいい⇒カラダに合ってる・・・
コレに始まりコレに終わるといっても過言でないと思います。
【2007/12/27 23:08】 URL | PINO #-[ 編集]















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まとめ

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